説話(隣の芝生は青く見える)

このことわざは我々の生き方を表しています。自分が持っているものではなく、持っていないものに対しての欲(未練)や羨(うらや)ましいと思う心理状況を表現しています。これを仏教の角度から紐解くと深い意味を持っています。
自分が持っていない物事について未練を感じるということは、いま現在不満を感じているという意味です。軽い精神的な不満で終わらないのです。様々な物事に気づくたびに心に不満の波が立つのです。人々は現実的な思考より、妄想、空想が好きなのです。
妄想には、「非現実的であること」、「実現は不可能」という二つの特色があります。ですから、いくら妄想を続けても飽きないのです。実現できないものだから、妄想して喜ぶより他に方法がないのです。隣の芝生は青く見える、という現象は我々の人生そのものです。
欲しい、羨ましい、と思うことには「挑戦する。努力する。目標にする。」などというポジティブな見方もできます。
隣の芝生が青く見えたら、その次に見るものは・・・。
eお坊さんねっと 説話集
参考:「パティパダー巻頭法話」(http://j-theravada.net/howa/index.html):A・スマナサーラ長老より抜粋・編集