説話(「地獄」と「極楽」)

「地獄」と「極楽」については世界中の多くの宗教で説かれ、亡くなった後の世界を通じて善悪を考え、人々が正しく生きて行くための道しるべとなっている話が多くあります。
例えば日本では、『人は亡くなると閻魔大王の前に行き、そこで裁きを受け、善い行いをした人は「極楽」という素晴らしい所に行けるけれども、悪いことをした人は「地獄」に堕とされる。「閻魔さまの鏡」がその人の行いを全部映し出すから、どんな言い訳も通じないんだよ。食べ物を粗末にした人のご飯が燃えたり、嘘ばかりついた人は舌を抜かれたり、鬼に追い立てられて血の池に落とされる人、釜ゆでされる人、針の山を登らされる人がいるでしょう。』などと様々です。
これを仏教的な説話(説法、法話)では、『地獄というのは、決して空想の世界ではなく現実を映しています。仮に地獄に堕ちるような悪い行いをしてしまった場合でも心から懴悔(さんげ)して、正しい道を進む努力をすれば、慈悲の心で救われるのですよ。』と教えています。
地獄に進むか極楽を目指すか。今現在の自分次第のようです。
「IT坊主の無駄方便」/eお坊さんねっと 説話集より
参考:「天台宗法話集より抜粋・編集